天野屋の土室(むろ)

天野屋

明神甘酒

 甘酒は遠い昔からのものですが、文献に現れたのは、応神天皇が吉野に行幸されたとき醴酒(こざけ)を献上したのが、最初とされています。その醴酒が『甘酒』となったのは、慶長の始め頃のことです。
 やがて甘酒は、江戸市民の日常生活に欠かすことのできない、唯一の《甘味源》となりました。江戸に散在する甘酒屋に対する人々の評判はつのるばかりで「富士山に肩を並べる甘酒屋」と句に詠まれるほどでした。
 「明神甘酒」は、当店の地下6mの天然の創業当時からの土室(むろ)より作り出される糀(米かうぢ)をもとに、さらに手を加えて生成し熟成を待って作り上げられたものです。
 「明神甘酒」は“生きている自然の甘味”です。

芝崎納豆

 神田明神が現在のところに移された慶長のはじめ、その社の傍に「芝崎道場」と名付けられた、草庵がありました。
 当道場の寒暑忍耐の修行に供した五行珍味の中に《金含豆(こんがんず)》と称し、富貴延寿を祝福するといわれる穀種があり神に納める豆≠ネる意味からも、納豆に類するものものと目され、これが「芝崎納豆」の前身です。
 神田明神名物「芝崎納豆」は、江戸時代からひろく多くの人々に、よろこばれてご愛好いただきました。

江戸味噌

 「白い米飯に味噌汁」実といえば、大根・ねぎ・ワカメそれに豆腐などが朝の食卓に最適です。
 そのおいしい味噌の生命は、糀の発行のさせ方にかかっています。理想的な糀の発酵は、そのために必要な温度と湿度を常に一定に保つことのできる、常温帯の天然の土室を前提として一切機械を使わない人間の手による丹念な《さがし》(手をいれること)によってふっくらとしたいい糀ができるのです。
 当店の「江戸味噌」は、当店の地下6mの理想的な天然の土室(むろ)からできあがった新しい発酵力の強い糀を元にした、吟味醸造のものです。
 いい味噌は生きています。それは生きているいい糀からできあがるものです。
 昔から、いい味噌は、味噌汁にしてその良さがはじめてわかる≠ニいわれます。
 「江戸味噌」は、塩分を押さえてありますので季節の材料のおいしさが引き立ちます。

久方味噌

遠い過去から〈味噌・納豆・豆腐〉は、植物性タンパク供給源として、日本人の食生活を支えてきた三本の柱≠ナす。それはすべて「大地の肉」といわれる、大豆の変身≠オたものです。
 その中でも味噌が現在のように味噌汁つまり《飲む味噌》として用いられるようになりましたのは、室町の中頃です。それまでは、漬け物や煮物などの調味料に使われた《食べる味噌》の役割を果たしていました。
 さらに遡ると、味噌は、《なめ味噌》として、主食のおかずつまり副食物として、貴重な栄養源でした。
 古文書には、「密祖(みそ)」と記され作られたのは奈良時代とされています。
 当店の「久方味噌」(なめみそ)は、当店の地下の天然の土室(むろ)から作られた糀(小麦のかうぢ)をもとに、さらに手を加えて生成を吟味して醸造したものです。



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こんなのお声をいただきました

神田明神界隈


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●営業時間
平日      10時〜18時
土曜日 10時〜18時
祭日  10時〜17時
12月2週目〜3月末の日曜日は、無休

●定休日 
 日曜日(4月〜12月第1週)
 海の日
 夏期休業日 8月10日〜17日
  (前後に日曜日がある年は日曜日も含む)

●所在地
〒101-0021 
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